新しい鍋
ここ1〜2年、料理のやる気がまったく出ない。新しいレシピを試してみようとか、ちょっと明日のために下ごしらえをしておこうとか。そういう、プラスアルファの気持ちが起こらないのだ。日々、最低限のごはんをつくる。栄養を食事のかたちに仕上げる食卓からは、盛り付けとか見栄えという概念は消えている。マイナスをゼロにするだけで精一杯。もちろん、食洗機にかけられる皿ばかりが酷使されている。週に一度は豚こまとピーマンを炒めるものだから、今日の夕飯を聞かれたときに「豚肉と……」と言いかけた瞬間、「ピーマン炒めたやつ?」と息子が言うようになってしまった。
平日の夜、仕事を終えて学童にお迎えに行って、さあここから、というところでエネルギーが切れているのはどうしたことか。いまの18時は、20代のころの24時みたいな気分すらしている。どこ行った、わたしの6時間。
体力のせいか、気分の問題か、ホルモンの仕業かわからない。わからないけれど、こんな自分がふがいなくメソメソしてしまうのは、やっぱりホルモンのせいかなのかもしれない。
そんなとき、「欲しい!」と思う鍋を見つけた。台所道具は、もうあらかた揃っている。わたしは意外と物持ちがよく、壊れていないものを買い替えることもない。だから最近は生活道具を買う機会もほとんどなくなり、欲しいものに出会うことすらなかった。
こんな気持ちは、ひさしぶりだ。こればかりは欲しくてたまらない。鍋はじゅうぶん足りている。それでも欲しい。そんな鍋だった。
銅の鍋だ。両手がついた小ぶりな大きさで、蓋も同じく銅で仕上げてある。内側は錫引きで、これなら手入れもしやすそうだ。なにより、檜山タミさんも使っているという。頼りない台所仕事への思いを断ち切る力、そして生活者として向かう道標となるような、ただならぬ説得力があった。
タミさんは大正15年生まれ、90歳を超える料理家で、家庭料理を通じて生き方の哲学を伝えるひとだ。いわば、台所に立つ生活者のエキスパートであり、行き先を照らす先人。人生の機微も荒波も、おそらくは更年期だって乗り越えてこられたであろうタミさんが使っている銅の鍋。わたしが藁をもつかむ気持ちですがりたくなるのも、わかっていただけるだろうか。
しかし、銅鍋は高い。タミさんだって、お手入れしながら何十年と使っているのだ。買ったが最後、きっとわたしより長生きするだろう。長く使えるものは、高い。そもそも銅鍋は、いつか欲しいものとしてなんとなく頭の片隅にあったものの、あこがれはあこがれのままだった。
この鍋があれば、料理も楽しくなるだろうか。台所の哲学を、わたしも感じられるだろうか。難しいことは抜きにしても、少しは前向きに、鍋をのぞく時間をつくれる、そんな気がする。そうなるはずだ。この鍋が、わたしの台所生活に一石を投じるのだ。
油断すると、「これに見合うだけの料理ができるのか」「ほんとうに手入れができるのか」と、後ろ向きの気持ちがじわじわとやってくる。それをえいやと追い払い、わたしは鍋を買った。わたしは、わたしのやれることをやるのだ。やりたいことを、やるのだ。そう、これは頭よりもこころを優先する、わたしなりの前向きな決心だ。
ただの無駄遣いの言い訳でしょうと思われるかもしれない。料理をするひとは、どんな鍋でもするだろう。でもそのくらい、いつまで経っても戻らない自分のやる気の行方も怖かったわたしは、この鍋に掛けるような気持ちでいた。夫に鍋の相談をすると、彼はこれを「経験」と言い、それも、わたしの背を押した。向こう見ずの衝動買いが、ほんの少し高尚なものになった。
最初は大根を炊いた。その次に切り干し大根を炊き、ひじきの煮物をつくった。切り昆布をさつま揚げと一緒に炒めたり、厚揚げを甘辛く煮たりもした。
鍋は小ぶりで、副菜をつくるのにちょうどいい。気づけば一汁一菜でいっぱいいっぱいだった毎日に、「もう一品」が生まれている。18時の倦怠感も、料理へのモチベーションも、まだまだ戻ってはこない。けれど確かに、なにかが変わっている。食洗機に突っ込めない銅鍋を磨きながら、わたしはタミさんを思い浮かべている。いまの全部を受け入れて、生活者としてより良く生きてやろうじゃないかという気概が生まれているのだ。