夏が、好きだ
道路もビルもベランダも、あちこちにはね返すようにピカピカとしていて、白い光と、黒い影との境目がくっきりと刻まれている。反面、部屋のなかは静かで、青白いような光に包まれて、すんとした空気をまとっている。
夏が、好きだ。光っていて、明るくて、強くて、どこか暴力的な夏。
暑くてヘトヘトで、クラクラする。ドロドロに汗をかいて、ふうふう歩いて、もうダメだとへたりこむ。それなのに、わたしは季節のなかで夏がいちばん好きだ。
わたしはいつもダイニングテーブルで仕事をしているから、ベランダから見える景色が日中のわたしのすべて。もちろん室内も好きなもので整えておきたいし、自宅で仕事をしているひとの「インテリアをお気に入りで満たす」なんてフレーズも知っている。だけど、わたしがパソコンからふと目を上げて飛び込んでくるのは、ベランダの向こうに広がる景色なのだ。
とはいえ、下町のごちゃごちゃとしたなかに紛れ込むように住んでいるわけだから、見えるのはでこぼこの民家がほとんどで、そこにぴょこぴょこ飛び出すようにマンションがある。下町といっても、その風情はこの10年だけでもずいぶん様変わりした。あちこちに建設中のクレーンが空に向かって突き刺さっていて、この部屋の唯一の自慢だったスカイツリーも、あのタワマンが完成したら見えなくなってしまうかもしれない。
それでも、空はいつでもそこにあるし、風も吹いている。光の色は、時間で、季節で、移ろっていく。晴れているとこころも輝くような気がするし、曇っているとつまらない。しかし雨が降ると元気がなくなるかというと、水を帯びた世界というのも、それはそれで悪くないし、スコールのような夏の雨はむしろ好きだ。
さっき干したばかりの洗濯物が、もうすっかり乾いたのだろう。軽やかに風を受けて、くるくる、ひらひら回っている。
ひらひら、くるくる、ひらひら、くるくる。
夏の光の下では、洗濯物すら愉快に見える。
あまりに愉快で、写真か動画を撮ろうとスマホを構えたけれど、回っているのは家族の下着ばかりで、これを撮ってどうするのだ、と思い直した。
朝顔の葉っぱは少しずつ黄色に変わりつつあり、それでもまだまだ緑の手を上へ上へと伸ばしている。まるで夏を生きろというように。
やっぱり、夏が好きだ。
いつも、永遠に続きそうな顔をしながらあっという間に去っていく夏。まだまだ捕まえていたくて、今朝はスイカを食べた。そして仕事が終わったら、花火を買いに行くのだ。
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▼書きました
「北欧、暮らしの道具店」の読み物で、「書店員は見た!本屋さんで起こる小さなドラマ」の著者、森田めぐみさんのインタビューを担当しました。
【あの人の生き方】前編:夫は転勤族。家族で西へ東へ、なりゆきまかせで書店員になりました
【あの人の生き方】後編:あたらしい物語にわくわくしながら、他人と比べず、おもしろがっていきたい
森田さんは転勤族の妻として、あちこち転々としながら、その土地ごとに仲間や信頼できるひと、助け合えるひとを増やしています。その明るく朗らかなお人柄と考え方に、とても元気をもらえる取材でした。
人生の荒波を不安がったり心配したり、あるいは揺られないように慎重になりすぎたりしてしまうのが常ですが(わたしは)、森田さんは揺られること自体を楽しんでいるようにみえました。
「転勤や引っ越しは、物語の新しい章が始まるとか、ゲームの面が変わるとか、そういうイメージ」という言葉も、不安がりのわたしには、とても響きました。
ぜひ、読んでみてください。ご感想もお寄せいただけましたらうれしいです。